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9月11日に、残された言葉
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6年前の9月11日、ニューヨークのワールドトレードセンターに飛行機が激突したこの日、東京は台風だった。
そして、入院をしていた母親が逝った。

台風の中、タクシーをつかまえ病院に向かったが最後には間に合わなかった。
看取ってあげられなかったという気持ちよりもこれで病院から出してあげられるという思いのほうが強かった。

体の苦痛が続いていたため、最後の数週間はずっと麻酔が施され母の意識はなかった。
それでもときおり、ふっと水面に浮かんでくるように意識が戻ることがあった。

入院中のある夜、遅い仕事の帰りになんとなく会いたくなり終電で病院へ。
この時期には父か姉か私、そして母の兄弟たちが寝泊りをして付き添っていた。
この日は姉が病室にいた。
意識がないとはいえ深夜のこと。病室で病状について姉と小声で話しをしていたら、
すっと母親が目を覚ました。
そしてスーツ姿の私を見て、「仕事?」と聞いた。
これから仕事に行くのか、という意味だ。私が外出するときいつも母がきまってたずねるセリフだ。それが自然に出たのであろう。
「そう、これから出かけてくるけどいい?」
うん、とうなずき母はまた目をつぶり混沌とした眠りの中へと落ちていった。

これが母と最後に交わした言葉になった。


6年前のあの日、
最後の言葉を言うこともできず愛する者を失った人たち。
かけがえのない人がいた場所を埋めるものは6年という時間では見つけられない。
伝えたかったこと、言いたかった思いは今もどこかをさまよう。

たわいない会話、別れの挨拶。


どんなものでもいい、すべての最後の言葉が愛に包まれていたことを願っている。
by naoko_terada | 2007-09-12 01:50 | その他 | Trackback | Comments(18)
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Commented by Yumiko at 2007-09-12 13:38 x
9月11日はそれぞれ違った意味のある日ですね。私にとって6年前までは自分の誕生日でしかなかったけど、6年前から誕生日を祝うのも申し訳なく、今となっては自分の一年を振り返って元気で過ごせたことを感謝する日になってます。
Commented by mikansky at 2007-09-12 15:48
『スーツ姿の私を見て、「仕事?」と聞いた。』
これにちょっと涙が出ました。
「ああ、これがお母さんだよなぁ・・・」って。
どんな状況に置かれても、母は母であり、
どんなに大人になっても、私たちは彼女たちの娘なのですね。

常に"最後"を意識して生きることは辛すぎてできません。
だも、常に誠実に、優しく接していたいと、つくづく思います。
たとえその瞬間が最後になっても笑えるように。
Commented by yukinyaa at 2007-09-13 07:08 x
私の父も急逝したので、最期には会えず・・・。
その1ヶ月前、駅で別れた最後の時を思い出しました。
Commented by naoko_terada at 2007-09-13 13:51
Yumikoサマ

いつものように一日が終わる。
それが本当はとても大切で幸せなことだと感じます。
つい、忘れてしまいがちですけれど。

お誕生日、おめでとうございます。
Commented by naoko_terada at 2007-09-13 14:02
mikanskyサマ

言葉では伝えられない思いもありますが、できるかぎり言葉にしたいと思っています。
後悔しないように。

「誠実に」。
家族であれ、他人であれ本当にそう思います。
これがなかなか難しいですけどね。
Commented by naoko_terada at 2007-09-13 14:04
yukinyaaサマ

ずっと忘れない何気ない瞬間、言葉がありますよね。

この人たちの子供で良かった、とそう思っています。
Commented by angel-hokkaido at 2007-09-13 22:38
6年前の9月11日、ボクは旅行会社に勤務していました。
学校を卒業して3年目、仕事も覚え始め売り上げは好調でしたが残業残業の毎日で疲れきっていました。
その日も終電で帰ると、いつもは寝ている父が起きてテレビを見ていました。
父は何か言いたげだったのですが、疲れていたボクはあの映像を何度も見ている父を無視するかのように寝てしまいました。
9.11といえばあの時の父を思い出します。
あの事件は仕事にも大きな影響を及ぼしました。
海外旅行だけでなく、まさかあれほど飛行機が避けられるとは~。
あっ、父は今も元気です。
Commented by hiyoko at 2007-09-13 23:39 x
あの日のことはあまりにも衝撃的で、それぞれにあの日はああだったとか、こうしていたとしっかり記憶に残っていますよね。
私はたまたまテレビで、偶然にもリアルタイムで、二つ目のタワーに飛行機が激突するところを見ました。
テレビのスイッチを入れた途端だったので、あまりに現実離れした映像に、てっきり映画のワンシーンかと思ったほどです。
あの日は夫が出張中で、出張先からそのことで電話があったなとか・・・、他愛もないことですがしっかりと覚えています。

直子さんにはそんな辛い思い出があったのですね。
それならなおのこと、9月11日という日が特別な日として記憶に残っていますね。
私は小学生の時に生母を亡くしましたが、その日の記憶は今でも本当に鮮明に覚えているんです。
もう40年前のことですが、生母との最後に交わした言葉や最後に見た笑顔までくっきりと。
忘れたくても忘れられない辛く悲しい思い出ですが、反面、忘れたくない大切な思い出でもあります。
自分ひとりだけの胸にずっとずっと、そっとしまっている記憶です。
Commented by carambola at 2007-09-15 12:09
台風の影響がまだ若干残る中
知人とお酒を楽しんで帰ってきて
眼に飛び込んできたあの映像.
こんな時間に何の映画かと思ったけど
それが現実だと分かった瞬間
一気に酔いが覚めました.
こんな大変な時に
私のんきになに飲んで帰って来てんだ?!とまで思ったり.
想像を超えた出来事が起こりうる可能性を感じた夜でした.

Commented by daniella at 2007-09-16 02:02 x
小康状態で退院していた父。
どうしても最後に家族旅行がしたい。
どうせなら父が毎日勇気づけらりているイチローを見せてあげたい。
9月中旬から家族全員でシアトルに行く予定でした。
言葉には出さなかったけれど、夜明けまで食い入るように繰り返し
ニュースを見ていた父。大変な状況のアメリカに観光気分で行ける
はずもなく、また飛行機も飛ばずに家族旅行はとりやめに。
直後に父は入院し、そのまま旅立っていきました。
やはり麻酔のせいで最後の言葉を交わすことはできないまま。
交わせたとしても私には何が言えたのでしょう。
たくさんの罪のない生命が一瞬のうちに奪われたあの日。
もっと大きなものに目を向けなければいけないと思いつつも、
9月11日が巡ってくる度に私はTVを無言で眺めていた父の姿を
思い出します。
Commented at 2007-09-19 21:31 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by naoko_terada at 2007-09-20 17:49
angel-hokkaidoサマ

お久しぶりですね!
お元気ですか?

旅行業界にとって「あの日」を境にすべてのものごとが大きく変わりました。ビジネス的にも精神的にも。

とても大きな一日でしたね。
Commented by naoko_terada at 2007-09-20 17:52
hiyokoサマ

肉親との別れは一生心に残るものだと思います。
それは常に悔恨と自己嫌悪と共にある。
肯定するわけではないですが9・11は私たちにとって本当に大切なものは何かということを教えてくれたと思います。
痛みを伴って。

それを私たちは忘れつつあるのかなぁ。
Commented by naoko_terada at 2007-09-20 17:54
鯔サマ

そう台風でした。
危篤の母がいる病院に行くためタクシーを探したけれど一台もなく。ようやく見つけた車に乗ろうとしていたサラリーマンお二人に理由を説明してゆずってもらいました。
あれはありがたかったです。
Commented by naoko_terada at 2007-09-21 10:50
daniellaサマ

シアトル行きがかなわなかったことは心残りでしょう。
でも、お父様にはダニさんという娘がいたことが人生で何よりの贈り物だったのだと思いますよ。
Commented by naoko_terada at 2007-09-21 10:54
鍵コメさま

ご質問の件、
ここではあまり多くのコメントはできませんが、始めるのは簡単、継続は難しい、ということでしょうか。
もしなりたいのであれば、何か自分なりのテーマを見つけることをおすすめします。ホテルなのかグルメなのか歴史なのか。そうすればおのずと仕事が絞り込めますから。

もっと詳しいコメントをご希望なら非公開コメントでメールアドレスを残していただけますか。
お返事させていただきます。
Commented by nagisa23127 at 2007-09-25 21:10
9/11のことをチョット遅く覗かせてもらっています。そうですね、あのビル爆破のシーンは、忘れられませんね。父と母と一緒にテレビを見てました。映画の1シーンを見ているようでしたが、現実のことと知り、驚愕したのを覚えています。普通の日常の中で、起こったんです。テロという行為によって、昨日まで、今朝まで元気に言葉を交わした家族が、一瞬にしていないのです。家族の心は何時までも癒されないでしょうね・・・・。6年も前のことになるんですね。父はその後他界しました。母は何とか元気にしてます
最後の時は、何時も忘れられない思い出です。あのときこうしてやれば良かったと、ずっと毎日訪ねていても、後悔
ばかりです。そして、最後の時の顔が何時も残っています。自分への戒めにもしています。母がひとりになると、自分にはもう母ひとりしか居ないんだと、思うようになりまし
た。父がが居たときは、親のことそんなに心配しませんでしたが・・・・。そうですね、出来る限り、誰に対しても誠実
でありたいと努力していきたいですね。
Commented by naoko_terada at 2007-09-28 10:25
nagisaサマ

「ああ、あの時もっとああすればよかった」と思わない子供はいないのではないでしょうか。
でもね、きっとそうやって何十年も何百年も私たちは生きてきたのでしょう。
親と子というものは。
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